ハッピーにエンドなんて必要ないで

そこら辺にいる大学生のブログ

倉崎憲さんを知っていますか?PART2

こんにちは!エースです

倉崎憲さんの記事の続きを書いていきます。


資金集めに成功した彼は、世界一周旅行に出かけます。

旅行に行って得られないものがあるはずはなく、多くのことを学ぶことができたそうです。


この経験が忘れられずに、毎年必ず3か国は巡る旅を続けているそうです。

大人になったら、海外旅行なんか行けないという考えがありましたが、現実は違っていました。

最初に十何連休と休みを取ったときは怒られたそうですが、次第にそれが彼のキャラになっていったそうです笑

旅行中に彼の人生を変える出来事がありました。

ケニアに行った際、人が死ぬのを目の前で見たそうだ。

喧嘩をしていたケニア人。

片方が拳銃を取り出し、頭に1発。

その後、そのシーンがフラッシュバックして思い出し、こう思うようになった。

死は必ずやってくる。今日かもしれないし、明日かもしれない、何十年後かもしれない。

だったら、いつ死んでもいいような生き方をしよう、と。


何回か聞いたことのあるような言葉であったが、リアルを知る倉崎さんから聞いたからだろうか。私もそんな生き方がしたいと思うようになった。

ブログを始めるきっかけの1つでもある。

インドに滞在中のことです。

遺体が次々に運ばれてきて、焼かれていくさまを見て彼は思いました。

映画監督になりたいと。

そこで彼は、現地のパソコンで調べ、ニューヨークにある映画の専門学校にその場で申し込んだそうだ。

その学校は、4人で1つのグループとなり、毎週毎週違ったテーマで映画をつくる。

監督ではない日は、マイク担当だったり、音声担当をするそうだ。

そこには、黒人から白人まで、様々な文化背景を持った人が集まっている。

英語の訛りもある。そこまで、英語が流ちょうに話せなかった倉崎さんは、ある日から仲間外れにされたという。

「あの日本人は使えない」という感じで。

家に帰って泣く日々だったそうだ。人生で初めて経験した挫折。

しかし、神は彼を見捨てなかった。(宗教くさいですね笑うまい表現が見つかりませんでした。)

ある日、人助けをし、その人が映画プロデューサーだったそうだ。

しかも、もうすぐ新しい映画がクランクインするという。

倉崎さんは、チャンスと思い、メールでその現場に参加できないかというメールを送ったそうだ。

しかし、返信は返ってこない。倉崎さんもまたあきらめずに、何度もメールを送る。

情熱が伝わったのか、現場に来るように指示された。(ハリウッド映画です。)

その監督は、全スタッフに自分のことを紹介してくれたそうだ。

「日本から映画を勉強している倉崎だ。」のように。

そんな、ハリウッドの現場を体感し、映像を作り出す魅力にはまっていったそうだ。


そして、今現在、NHKで様々な映像を作っている。

ラジオドラマで『世界から猫が消えたなら』を作成した。

原作は川村元気さん。

映画にもなりました。

3つとも雰囲気が全然違います。ぜひ見て、聴いて、読んでみてください。



倉崎憲さんの名言です。

いつ死んでもいい生き方をする
アナログ的な体当たりでしか、リアルは生まれない
一生一度、一日一生

彼の小学校を建てた事実をもとに作成された映画を紹介します。

僕たちは世界を変えることができない


これをみていただければ、彼がどんなことをしてきたかについて、理解が深まると思います。